岩田憲明

近年自然科学の分野において複雑系やカオスと並んで自然を自律的なものとして捉える立場としてオートポイエーシスという考えが注目されている。これは自然を自ら作動しながらを生成しているものと観る考えであり、従来の思考のように原子や分子、もしくは細胞などの自然的存在の単位を既存のものとみなさず、物質とエネルギー、もしくは情報の流れの現れとして捉える立場である。このオートポイエーシスの考え方は “インプットもアウトプットもない” という言葉で表現されるが、この言葉は物語における「語られる物語そのもの」と「その物語を受け取る人間」との関係を明らかにするためにも有効な表現であろう。「語られる物語そのもの」は「その物語を受け取る人間」を前提として物語を展開するが、物語の中に直接その物語を受け取る人間が介入することは原則的にありえない。しかし、これら両者は常に互いを前提とするのであって、誰も見聞きしない物語は物語としては存在し得ない。ここには物語をめぐる「主体」と「客体」との連続した関係が成り立っているのであり、まさに “インプットもアウトプットもない” 一つの流れが成立しているのである。